カタルーニャ語の響きの軽やかさ
スペイン北東部に位置し、フランスと国境を接するカタルーニャ地方では、カタルーニャ語という言語が話されている。文法や語彙はスペイン語と共通するものが多く、バルセロナではカタルーニャ語とスペイン語のバイリンガルが多いそうだ。
バルセロナを旅行中、街角で聞こえてきたカタルーニャ語は、どこか軽やかで、流れるような響きだった。スペイン語はひとつひとつの音がハッキリしている方だと思うが、カタルーニャ語はそこまでではない。
この違いはどこから来るのだろうか。そこで、まずは対象を細分化してみようということで、音節の数に着目し、カタルーニャ語とスペイン語で比較してみることにした。
ちょうど先日、初めてラ・リーガ(スペインのプロサッカーリーグ)の試合を観に行ったので、題材にはFCバルセロナの応援歌 'Cant del Barça' の歌詞を選んでみた。この曲の歌詞はもちろんカタルーニャ語だ。YouTubeで非公式のスペイン語訳を見つけたので、両者の音節の数を数えて、比較してみたい。
なお、音節の数え方にはさまざまな規則性があり、ややこしいのだが、大雑把に数えると、母音の数とおおよそ一致する。文中の母音 (a, e, i, o, u) の数を数えてもらえれば、皆さんでもおおよその音節の数がつかめるはずだ。
さらに、スペイン語の単語において、母音は 子音+母音 のペアになっていることが多いため、1単語に含まれる母音の数が多ければ、それだけ子音の数も多くなる。よって、音節のややこしい話を抜きにして、一文一文の長さだけを見比べてもよい。ほとんどの場合でスペイン語の方が長くなっているのが、視覚的に見て取れるはずだ。
また、カタルーニャ語の音節の確認にはこのツールを利用した。
それでは、さっそく見ていこう。
上の行がカタルーニャ語の歌詞、下の行がスペイン語対訳で、文末の数字は音節の数を表している。
Tot el camp, és un clam 6
Todo el campo, es un clamor 9
som la gent blaugrana 6
somos la gente azulgrana 9
tant se val d'on venim 6
no importa de donde vengamos 10
si del sud o del nord 6
si del sur o del norte 7
ara estem d'acord, ara estem d'acord 12
eso si, estamos de acuerdo, estamos de acuerdo 17
una bandera ens agermana 10
una bandera nos hermana 9
Blaugrana al vent, un crit valent 9
Azulgrana al viento, un grito valiente 13
tenim un nom, el sap tothom 8
tenemos un nombre, lo sabe todo el mundo 13
¡Barça, Barça, Baaarça! (省略)
Jugadors, seguidors 6
Jugadores, aficionados 9
tots units fem força 7
todos unidos hacemos fuerza 10
Son molt anys plens d'afanys 6
Son muchos años llenos de sacrificio 12
son molts gols que hem cridat 7
son muchos los goles que hernos gritado 12
i sha' demostrat, i s'ha demostrat 10
y se ha demostrado, se ha demostrado 13
que mai ningu no ens podrà torcer 10
que nunca nadie nos podrá doblegar 11
Blaugrana al vent, un crit valent 9
Azulgrana al viento, un grito valiente 13
tenim un nom, el sap tothom 8
tenemos un nombre, lo sabe todo el mundo 13
¡Barça, Barça, Baaarça! (省略)
さて、音節の数を合計すると、
という結果になった。
ここで、カタルーニャ語の歌詞の中から、2つほど特徴的な点を取り上げてみたい。
まず1つ目は、単語の語尾である。歌詞をよく見てみると、スペイン語単語の語尾にある母音が、カタルーニャ語にはないケースが多い。歌詞の中に登場する
といった単語は、綴りからして共通の祖先を持つ単語 (cognate) と考えられるが、スペイン語の方はどれも語尾が母音なのに対して、カタルーニャ語はその母音が欠落*2しており、子音で終わっている。音節の数が1つ少ないので、発音もワンテンポ短くなるわけだ。
加えて、語と語のつながりにも着目してみよう。語尾の子音が、次の単語の母音とつながる現象は、リエゾン (Liaison) と呼ばれ、さまざまな言語に存在する。先ほどの単語の比較とこのリエゾンを考え合わせると、スペイン語ではリエゾンが生じないフレーズでも、カタルーニャ語ではリエゾンが生じる可能性があることがわかるだろう。リエゾンも、カタルーニャ語がスペイン語に比べて軽やかな印象を与える要因のひとつだろう。
2つ目は、d'acord というフレーズだ。この部分のスペイン語対訳は de acuerdo となっている。スペイン語では2つの単語があるのに対して、カタルーニャ語はそれらがアポストロフィでつながっている。
カタルーニャ語では、前置詞 de の後ろに母音 (a, e, i, o, u) または h があると、d' のように省略されるそうだ。d' の部分には、音節は無い。言い換えれば、省略によって音節が1つ失われるということだ。スペイン語にも同じような省略規則があるのだが、de の後ろに定冠詞 el がある場合のみ、del のように省略が生じる。したがって、カタルーニャ語の方が、省略のパターンが多いことになる。
アポストロフィを用いた省略は、この他にも後半に登場する i s'ha のような別の規則もあるようで、なかなか奥が深い。
といったわけで、カタルーニャ語がスペイン語に比べて軽やかに聞こえる理由は、音節の数の少なさや、その背景にあるリエゾンや省略といったところにあるといえそうだ。