Despacitoで学ぶスペイン語
皆さんはレゲトンを聴いたことがあるだろうか? 主にラテンアメリカ出身の歌手によって歌われる、独特のリズム感を特徴とする音楽のジャンルだ。
ここ10年間のレゲトンの隆盛は、目を見張るものがある。娯楽や大衆文化の発信源として、英語のコンテンツを世界に送り出してきたアメリカ合衆国のヒットチャートにも、スペイン語で書かれた曲が当たり前のように並ぶようになった。YouTubeの動画再生回数で世界記録を塗り替えた Despacito はその代表例だ。2023年現在、MVの再生回数は80億回を突破している。これはスペイン語圏という共通言語の枠の中にとどまらず、独特のリズムや雰囲気に惹かれるファンが世界各地に広がっていることの証だろう。
Despacito の歌詞は、なかなか過激である。歌い手の意図がわかるように意訳すると、本邦ではR18扱いになってしまうだろう。そんな内容を臆せずに歌ってしまうのがラテンアメリカならではだ。興味のある方は、日本語訳を載せているWebサイトをいくつか見てみてほしい。
ここでは、その歌詞の中から、スペイン語特有の文法を取り上げてみたい。
sabes que ya llevo un rato mirándote
llevo (llevar) は英語の take や bring のような意味の動詞だ。英語の take には it takes five minutes to ~ といった使い方があるように、llevar にも時間の経過を表す用法がある。un rato は「ちょっと・しばらく」という時間経過を表す副詞句で、同僚との会話でもたまに耳にした。mirándote は現在分詞なので looking at you となる。
したがってこの表現は I have been looking at you for a while となる。前後の文脈も考慮すれば、主人公の男性は前々からこの女性のことを「目で追いかけてきた・狙っていた」と解釈できるだろう。
英語の take が多種多様な意味や用法を持ち、慣用表現化しているものもあるのと同様に、スペイン語でも llevar や dejar, tomar, hacer など、基礎的な単語ほど奥が深い。
se acelera el pulso
スペイン語には、語順の制約が少ないのが特徴だ。se acelera が述語、el pulso が主語で「脈が速くなる・鼓動が高まる」という意味である。これを主語・述語の順に並べて el pulso se acelera とすると、なんだか語呂が悪いし、響きも悪く感じる。
素人の想像ではあるが、世の中の作詞家は、幾多の制約と向き合いながら歌詞を書いているのだろう。韻を踏むようにしたり、音節の数を合わせたりして、歌詞がリズムよく流れるように工夫しているはずだ。そのため、意味的にはドンピシャな単語があったとしても、テンポに合わなければ別の単語を使わざるを得ない。しかし、単語をある程度並び替えてもよいとなれば、使いたい単語を使える可能性が出てくるわけだ。
スペイン語ならではの語順の自由度の高さが、歌詞とメロディーの組み合わせをより柔軟にして、レゲトンという音楽を成立させているのではないかと思う。
Esto hay que tomarlo sin ningún apuro
hay que という表現が使われている。必要性を表す構文で、Esto hay que tomarlo sin ningun apuro は「それを焦らずにやらないといけない」という意味だ。
ところで、歌詞の冒頭には tengo que bailar contigo hoy「今日私はあなたと踊らないといけない」というフレーズがあった。tengo que も hay que も、義務や必要性を表す表現だが、前者が文章の主語に合わせて動詞 tener が活用するのに対して、後者は動作主がない「無人称文」だ。
- Tengo que bailar contigo hoy (I have to dance with you today)
- Esto hay que tomarlo sin ningun apuro (It has to be taken without haste)
英訳を読むと、ニュアンスの違いが伝わるだろうか。
確かに前者の「あなたと踊らなきゃいけない」のは、主人公自身が置かれた状況を表しており、踏み込めば「あなたと踊りたい」という本人の気持ちの裏返しとも言える。
一方で後者の「魅力的な女性を前にしても、冷静さを保たなければならない」というのは、誰にでも当てはまる一般論だ。歌の主人公は、そんな一般論を自分に言い聞かせて、昂る気持ちを抑えているのだから、ここは hay que を使わないといけない。
Quiero ver bailar tu pelo
中学の英語で「知覚動詞」を習ったと思う。see (見る) や hear (聞く) など「知覚」を表す動詞では、その目的語を動作主とみなし、不定詞/現在分詞/過去分詞を続けることができる。例えば「私はあなたの犬が走る(走っている)のを見た」であれば、
- 知覚動詞 + 目的語 + 不定詞 (動詞の原形)
- I saw your dog run
- 知覚動詞 + 目的語 + 現在分詞 (動詞の ing 形)
- I saw your dog running
の2つの形で表すことができる。
スペイン語でも、これとまったく同じルールが当てはまる。
- 知覚動詞 + 目的語 + 不定詞 (動詞の原形)
- Yo vi a tu perro correr
- 知覚動詞 + 目的語 + 現在分詞 (動詞の ing 形)
- Yo vi a tu perro corriendo
なお、上の例文は「目的語が人や動物の場合、前置詞 a を置く」というルールが当てはまるため a tu perro となっている。
さて、ここでタイトルに挙げた歌詞を見てみよう。
Quiero ver bailar tu pelo
主語は省略されているが yo (一人称単数) である。また quiero は英語の want to に相当し、後ろに不定詞を取る。したがって Quiero ver は I want to see と訳すことができ、文法的になんの不思議もない。
しかし次の bailar は dance という意味の動詞の原形だ。動詞が3つも続いているなんて、文法的に正しいのだろうか?
先ほど、語順の自由度が高いのがスペイン語の特徴だと紹介した。この歌詞は、一般的な知覚動詞の構文において、目的語 tu pelo とその後ろの不定詞 bailar を入れ替えたとすると説明がつく。
Quiero ver tu pelo bailar
→ Quiero ver bailar tu pelo
「語順の自由度」とひとことで言っても、元の文法をきちんと理解していないと意味がつかめない。限られた状況でしか使われない英語の「倒置」なんかと比べると、スペイン語の語順はもっと頻繁に変化する。深層学習が登場する前の自然言語処理では厄介だっただろうなと思う。
Y que olvides tu apellido
これについては、やや難しい内容になる。スペイン語で接続法を学んだ人以外は、読み飛ばしてもらいたい。
唐突に接続法が出てくる。なぜだろう?
この歌詞のシチュエーションを整理すると、
Déjame sobrepasar tus zonas de peligro hasta
A. provocar tus gritos
B. que (tu) olvides tu apellido
となり、AとBという2つの状況が並べられている。
Aについては、後ろに続く内容の動作主が自分なので、動詞の原形 provocar を繋げられる。一方でBは、後ろに続く内容の動作主は相手なので、queを使って節を作らないといけない。hasta que は until when、ある時点を表す。それが過去のある時点の場合、後ろに続く内容は過去に起こった事実であるから直説法を使うことができる。しかし未来のある時点の場合、後ろに続く内容はまだ起こっていないし、起こるかわからない仮定の話なので、ここでは接続法になるのだ。
ここまで、4つの例を用いてスペイン語の文法的特徴を紹介してみた。実はスペイン語の検定試験 DELE の試験対策の合間にこの記事を書いているのだが、やはり語学学習において、音楽は強力なツールだと感じる。しかし、ただ漫然と同じ曲を聴いていても意味がない。一度、歌詞を丁寧に訳してみたり、文法を考えてみることで、歌詞をきちんと理解しておく。その上で、メロディーが耳に残るという効果を利用して、記憶を定着させれば完璧だ。
どの言語を学ぶにしても、文法や単語がある程度わかってきたら、好きな曲を見つけることで語学学習をブーストさせられるはずだ。
余談
私がビルバオでの生活を始めた当時、夕暮れ時になると目抜き通りにあるデパートの入り口近くに腰掛け、毎日のようにアコーディオンを奏でている初老の男性がいた。彼のもっぱらのお気に入りがこの Despacito で、バスを降りて家に向かう途中、毎日のようにこの曲を聴いていた。軽快なリズムとアコーディオンの音色が何ともいえない味わいを醸し出していて、今まで聴いたどんなカバーもあの音色を超えるものはない。
Any doubts?
この記事では、スペイン語のネイティブスピーカーならではの英語表現、言い換えれば、やや語弊があるが「スペイン語特有のクセがある英語表現」をいくつか紹介したい。
同じような着眼点で書いた記事があるので、こちらもぜひお読みいただければと思う。
Do you have any doubts?
プレゼンや何らかの説明を終えた後に「ご質問はありますか?」と聞くことがある。あるいは「もしご質問がありましたらいつでもご連絡ください」といったように伝えることもある。
こうした場合、英語では Do you have any questions? とか If you have any questions, ... のように、question という単語を使うことが多い。また、英語には doubt という単語もある。doubt は疑問・疑念といった心理状態を表し、それを言語化したものが question といえる。しかしスペイン語話者からは
Do you have any doubts?
というフレーズをよく聞く。なぜだろう。
これはおそらく、スペイン語で
Tienes alguna duda?
の直訳だからだろう。duda と doubt はどちらもラテン語の dubitare に由来する同根語だ。したがってスペイン語話者は、使い慣れた表現の直訳がしっくり来るのだろう。
なお、英語の question とよく似たスペイン語の cuestión は、典型的な false friends だ。cuestión には「問題」とか「論点」といった意味があり、「質問」の意味は無い。
ここまでの説明で、質問はありますか?
Which is your favorite color?
英語において、答えの選択肢が無限に存在する質問では、疑問詞 what が使われる。一方で、限定された選択肢が話者の間で共有されている場合は、疑問詞 which を使うことができる。
よって、英語で「好きな色はなんですか?」と尋ねるには、
What is your favorite color?
となるはずだ。Which が使われるとしたら、例えば目の前に2本の色鉛筆があり、
Which is your favorite color, red or blue?
といったような場面に限られるだろう。
しかし、スペイン語話者には、不特定多数の選択肢を問う場面でも which を使う人が多い。これは、疑問詞の使い方が英語とスペイン語で微妙に異なることにある。
スペイン語には qué と cuál という疑問詞があり、それぞれ what と which に対応していると説明されることが多い。しかし実際には、英語の which が、その会話において限定されている選択肢を問う際に使われるのに対し、スペイン語の cuál は、想定される答えがある程度限定されている場合にも使うことができるのだ。
好きな色を聞かれた人は、色というものの中で、どれか特定の色*1を選んで答えることになる。好きな色を聞かれて「ラーメンです」と答えるのは、一般的なコミュニケーションとしてはかなり難がある。
¿Cuál es el idioma oficial de España?「スペインの公用語は何(どれ)ですか?」といった例文はもっとわかりやすい。言語という括りの中のいずれかであるから、答えの範囲は限定されている。
¿Cuál es tu plan de vacaciones?「あなたの休暇の予定は何(どれ)ですか?」も、休暇中の予定という範囲内から答えが返ってくるはずなので、cuál でよいのだ。
説明が長くなってしまったが、英語とスペイン語の疑問詞の違いは、我々のような外国語学習者にとっても厄介だが、ネイティブスピーカーにとっても厄介なはずだ。冒頭のような英文を聞くと、やや違和感があるが、そういうものだと思ってしまえば大したことはない。
It is mandatory the use of mask
この文字列が書いてあったのは、バレンシアのメトロの車内に貼ってあったポスターだ。
It is 名詞 + 名詞という構文は、珍しい。というか文法的に正しいのだろうか?
It is 名詞 that S V という形であれば、that 節の目的語を前に出して強調した形か、あるいは it が that節全体を指している形の2つが考えられる。それぞれ強調構文と形式主語構文と呼ばれることがあるが、まあそれはどうでもいい。
この、2つの名詞が連続する構文、言いたいことは伝わる。形式主語構文、つまり the use of masks は mandatory だと言いたいのだろう。
スペイン語ではこうした構文が頻繁に用いられている。
Es obligatorio el uso de mascarilla
これを英語に逐語訳すると
(It) is mandatory the use of mask
となるのだ。
スペイン語文法の影響を受けていると言えるだろう。
ちなみに Google 検索でこのフレーズを検索してみると、上位10件はいずれもスペインの企業や官公庁のウェブサイトであったり、ポルトガル*2の感染対策に関する記述の中で用いられていた。
もしより自然な英文にするには、例えば
It is mandatory to wear a mask
のように it ... to の構文を使って、名詞ではなく動詞を使うとよさそうだ。
後で
「それはまた後で考えよう」と言うとき、スペイン語では
Lo veremos más adelante
と言うことがある。
スペイン語の adelante は副詞で「前へ」とか「前方に」という訳語が充てられるのだが、こうしたフレーズでは時間的に後のことを表しているのだ。
ケンブリッジ辞典によれば、
más adelante
en algún momento del futuro
(未来のある時点において)
と定義されている。
同様に en adelante というフレーズは
en adelante
a partir de este momento
(この瞬間以降に)
と、どちらも時間的に後のことを表現している。
興味深いのは、同じ意味合いでも、日本語では「後ろ」を意味する単語が使われているのに対して、スペイン語では「前」を意味する単語が使われていることだ。
しかし同時に、日本語には「先延ばし」とか「先のことはわからない」のような表現もある。「先延ばし」と「後回し」が、どちらも似たような状況を表しているのは面白い。
先ほどの例文は、英訳すると
We will see it later
となり、later という「後ろ」の単語が使われている。しかし look forward to はどうだろうか。forward は「前方に」の意味だ。
単語レベルでも考えてみよう。prospect(予想、見通し)の接頭辞 pro は「前」の意味だ。しかし postpone(延期する)の接頭辞 post は「後ろ」の意味だ。
どうやら、時系列の前後感覚は言語によって微妙に異なり、なおかつ指し示す状況によって「前」にも「後ろ」にもなるみたいだ。
Hasta luego!(また後で!)
I think is a good idea
今回の話題は、若干取り扱いにくいテーマである。なぜなら、スペイン人が使う英語の「よくある間違い」を例に挙げ、そこに現れている英語・スペイン語間の文法的差異を見出すという試みだからだ。したがって、スペイン人の英語レベルをあげつらうといった意図は全くないということを、あらかじめ念押ししておきたい。
ここでは、2つの例を紹介する。
主語の it の欠落
次の文章を、よく目を凝らして読んでみてほしい。
I think is a good idea.
正しくは I think it is a good idea. としなければならないが、it が欠落している。なぜだろうか?
この文に限らず、何度か同じパターンの間違いを目にしたことがある。この間違いは、スペイン語において主語の省略が起こるせいだと考えられる。
上の例文をスペイン語に直訳した文章:
Yo creo que (esa) es una buena idea.
において、it に相当する括弧書きの部分は省略される場合がほとんどなのだ。
英語のbe動詞は、スペイン語のそれと比べるとかなり曖昧である。英語では、are は
- 一人称複数 (we)
- 二人称単数 (you)
- 二人称複数 (you)
- 三人称複数 (they)
の4種類の人称に対応する。そのため、be動詞の活用形から主語の人称を特定することはできない。しかしスペイン語では、下記の表を見るとわかるように、動詞と人称がより細かく対応している。主語の人称代名詞を省略しても、文章の理解に支障をきたす可能性が低いため、省略が頻繁に発生するのだ。
【英語】
単数 | 複数 | |
一人称 | am | are |
二人称 | are | are |
三人称 | is | are |
【スペイン語】
単数 | 複数 | |
一人称 | soy | somos |
二人称 | eres | sois |
三人称 | es | son |
加えて、これは私の推測だが、it is が it’s の形になって
I think it's a good idea.
となると、it の音が消えて無くなったように聞こえる。it’s a good idea と is a good idea は音節の数が同じで、音も似ている。
ヨーロッパ人は、学校の授業だけではなく、テレビ番組や観光客との会話などで英語に触れる機会が多い。日常的に耳にするフレーズをそのまま書き起こした結果、it を書き漏らしてしまう、あるいは it を省略してもよいと誤解してしまう可能性は否定できない。
stablish
スペイン人の同僚が書いた英文で stablish という単語を見かけた。これは establish の間違いである。単純なタイプミスかもしれないが、私は establish を stablish と間違えて覚えてしまった可能性が高いと考えている。ではなぜ冒頭の e が欠落しているのか?
これにはスペイン語のsの発音と綴りのルールが関係している。
スペイン語において、[s+子音]から始まる動詞や名詞というのは原則存在せず、代わりに [es+子音] のように綴られるのだ。
英語との対応関係がある単語をいくつか列挙してみよう。
英語 | スペイン語 | 品詞 |
study | estudiar | 動詞 |
student | estudiante | 名詞 |
special | especial | 形容詞 |
Spain | España | 名詞(固有名詞) |
このように、s- と es- は規則的に対応していることが多い。したがって、件の同僚は「スペイン語で es から始まる単語は、英語では s から始まる」というパターンを経験的に覚えていたのだろう。そのせいで、establish のように es から始まる英単語さえも、s から始まると勘違いしてしまったのではないか、と私は考えている。
ちなみに、スペイン人は study を "estudy" のように、e の音を入れて発音していることが多い。/s/+ 子音 から始まる音には馴染みがなく、発音しづらいのだろう。日本人にとって th から始まる英単語の発音 /θ/ が難しいのと同じように、母語に存在しない音は、習得が難しいのだ。
なお、Quora に同様のトピックの質問が投稿されていたので、興味のある方はご一読いただきたい。
ここからは余談として、es から始まる英単語の謎に迫ってみたい。英語には escape, estimate といった動詞や especial, especially といった形容詞・副詞がある。これらの単語のスペルはなぜ "scape" や "stimate" ではないのだろうか? especial に至っては、冒頭に e がない specialという別の単語もあるではないか?
es で始まる英単語の謎は、古フランス語に由来するようだ。もともとラテン語では s- の形だった単語が、どういうわけか古フランス語で es- の形に変化した。スペイン語ではこの es- が現在まで残っているのに対し、英語では一部が s- の形で、一部は es- の形のまま取り込まれたとのこと。またラテン語から英語へと、古フランス語を経ずに変化した単語は、現在まで s- のまま残っているそうだ。
ついでに、古フランス語の es- のうち est- の形の単語は、現在のフランス語では et- のように変化しており、s が欠落していることにも触れておきたい。
英語 | スペイン語 | 古フランス語 | フランス語 |
study | estudiar | estudier | étudier |
student | estudiante | estudiant | étudiant / étudiante |
s の欠落は、Debuccalization「非口腔音化」と呼ばれる変化に起因する。子音 s の音が h に変化し、さらに h の音が消滅した結果、綴りにおいても s が省かれるようになった。こうした音の変化は、言語によらず普遍的である場合も多い。実はスペイン語においても、フランス語が辿ったのと同じような s→h→∅(消滅) という変化が今まさに起きている。
例えば、スペインの街角では、Muchas gracias(どうもありがとう)を Mucha gracias のように s を発音しない人がかなり多い。
こちらは日系アルゼンチン人の方のインタビュー動画だが、0分3秒のあたりでEscobal(エスコバル)という地名を、s の音が h になった「エヒコバル」のように発音しているのが聞き取れるだろう。
また、昨年のサッカーW杯でアルゼンチン代表の応援ソングとして有名になった「Muchachos」という曲では、s の音が発音されていない箇所が数多くある。
【2023/01/18 追記】
先日、スペイン南部のアンダルシア地方を旅してきたのだが、語尾の s が欠落しているのを何度も耳にした。アルハンブラ宮殿を眺める有名な展望台は San Nicolás だし、数字の 2 は dos である。しまいには「ありがとう」も Gracias だった。
まとめ
世間では
日本人は there is/are 構文を使いがちだ。日本語の「〜があります」の対訳で使い勝手がいいからだろう。
といった言説が飛び交っている。「主語がデカい」と批判されそうだが、しかしそのような傾向が、母語の文法に引きずられた結果なのであれば、主語は決してデカくはない。こうした傾向を「ネイティブはそうは言わない」などとネガティブに捉えるくらいならば、むしろ他の言語の影響を受けた新しい英語表現として受け容れていくくらいで良いのではないか。今回の記事を通して、日本語話者のみならずスペイン語話者にも、英語を使う際に特有の傾向があることを理解いただけたはずだ。言語はいつの時代も変化している。世界共通語となって久しい英語に、各言語から新たな表現が加わってゆくのは必然と言えるのかもしれない。
Valenciano
2022年から2023年への年越しは、同じ企業研修プログラムでヨーロッパに来ている友人たちと、地中海に面したスペイン第3の都市・バレンシアで過ごした。
ここバレンシア州では、Valenciano「バレンシア語」という "言語" が公用語とされている。言語学的にはカタルーニャ語の方言の一つとみなされており、文法上の違いはほとんどない。「言語学的には」と前置きしたのは、あたかもバレンシアがカタルーニャに隷属するかのような「方言」という扱いはバレンシア人たちの沽券に関わるようで、世間一般や政治家の間ではこうしたイデオロギー論争が今なお尽きないからである。
その論争はいったん置いておくとして「カタルーニャ語とほとんど同じ」と言われると「"ほとんど"に含まれない、わずかな違いは何なんだ?」というのが気になってしまうものだ。今回の記事の出発点はそこにある。
ここでは、滞在中に気がついた事例を2つ紹介したい。
Eixida
バレンシア空港に降り立った観光客が最初に目にするであろう標識に、実はバレンシア語を特徴づけるような単語が書かれている。それは「出口」を表す Eixida や、その複数形で「出発便」の表記などに用いられている Eixides だ。動詞形は eixir で、語源をさかのぼると、ラテン語の exeo という動詞に行き着く。何を隠そう、この単語は英語の exit の語源でもある。
その一方で、カタルーニャ州では Eixida ではなく Sortida という単語が用いられている。動詞は sortir だ。フランスを旅したことがある方ならば、駅の標識で見かける単語 Sortie と綴りが似ていることに気づくかもしれない。両者の共通の祖先は、ラテン語よりももっと新しく、現代フランス語の源流のひとつで、絶対王政下で徐々に消滅していった「オック語」にある。カタルーニャ語の辞書にも eixida という単語はあることにはあるようだが、例えば「一戸建て住宅にある中庭への出入口」などを表すらしく、空港や駅で見かけることはないそうだ。
Per favor
同じく空港つながりで、今度は文字ではなく音に着目してみよう。バレンシア空港では、バレンシア語のアナウンスが流れている。最初はてっきりスペイン語のアナウンスだと思い込んでいたのだが、per favor(ペルファボール)というフレーズを聞いた瞬間「あれ?これはスペイン語じゃないな!」と気づいたのである。
このフレーズ、英語の please に相当し、スペイン語では por favor(ポルファボール)と言う。空港であれば「マスクの着用にご協力お願いします」といった文脈で頻繁に使われるフレーズだ。
個人的に興味深いと感じたのは、イタリア語にも同じようなフレーズがあり、per favore(ペルファボーレ)ということだ。1つ目の単語がバレンシア語と同じ per になっている。
言語の伝播は必ずしも陸路を通して行われたとは限らず、海を介した人々の交流が異なる言語の接触をもたらしてきた。ましてや、紀元前から交易や漁業が盛んに行われていた地中海においてはなおさらだ。そう考えると、イタリア語やその源流であるラテン語の音が、海を渡ってバレンシアにもたらされた可能性はないだろうか?
そこで両者の語源を調べてみた。スペイン語の por の語源はラテン語の pro にあるようだが、Wikipediaには
From Classical Latin prō, probably reshaped by analogy with the preposition per.
とあり、per が変化して por となったと推測されている。スペイン語、およびポルトガル語とフランス語が per → pro → por という変化を辿ったのに対して、バレンシア語とイタリア語の per は、ラテン語の per をそのまま継承したとされている。他の要因も考察すれば、先ほどの仮説が成り立つかもしれない。
比較再構のような話をするのはここまでとしておこう。我々の興味は、バレンシア語とカタルーニャ語の違い、すなわち「カタルーニャ語では、バレンシア語と同じく per favor が用いられているのか?」ということだった。
答えは否だ。
バルセロナの交通機関で見かけるのは、per favor とは似ても似つかぬ si us plau というフレーズ。3単語からなるこのフレーズを、各言語に逐語訳してみた。
- スペイン語:si os place
- フランス語:s'il vous plaît
- 英語:if it pleases you
- 日本語:もしそれがあなたを喜ばせるならば
スペイン語の si os place とは、綴りに類似性が感じられるものの、スペイン語においてこうしたシチュエーションではもっぱら por favor が使われている。一方でフランス語の s'il vous plaît は、交通機関のアナウンスから店員さんの呼びかけまで、あらゆる場面で耳にするのだ。
ここまで挙げた例から共通点を見出すとなると、バレンシア語はスペイン語と同じグループに、カタルーニャ語ではフランス語と同じグループに属すると言える。ただしここには、あくまで「語彙の選択において」「この2つの事例においては」という条件がつくことを忘れてはならない。発音、単語、文法など、言語にはさまざまな側面があり、複雑だ。言語と方言を分ける明確な基準も定まっていない。
同じ語源を持つ単語(同根語, Cognates)が存在しても、それらの単語が同じ文脈で用いられるとは限らない。中国語では、日本語の「立入禁止」の意味で「進入」という単語を使うことがあるそうだ。日本語にも「進入」という単語は存在するが、使う場面が微妙に異なる。スペイン語でマスク着用を促すポスターには obligatorio という形容詞が使われているが、その下にある英訳には、同根語の obligatory ではなく mandatory が書かれている。
このように、異なる言語間での単語やフレーズの傾向を研究してみたら面白そうだ。
カタルーニャ語の響きをスペルから考える
前回の記事で、カタルーニャ語の響きがスペイン語に比べて「軽やかに」聞こえる理由を、音節の数に着目して考えてみた。
今回は、あらためて「軽やか」と感じる要因について仮説を立てた上で
- 文法・音韻の規則をもとに
- 計算機を用いて
検証してみたい。
- 仮説1: /d/ の音が少なく、/t/ の音が多い
- 仮説2.1: 子音の語尾が多い
- 仮説2.2: 開音節が多い
- 仮説2.3: リエゾンが多い
- 準備:データセット
- 結果1: /d/ の音が少なく、/t/ の音が多い
- 結果2.0
- 結果2.1
- 結果2.2
- 結果2.3
- 結論
- 参考資料
仮説1: /d/ の音が少なく、/t/ の音が多い
バルセロナ地下鉄3号線に乗ると、Trinitat Nova という行き先を目にするはずだ。Trinitat Nova はスペイン語に訳すと Trinidad Nueva となる。1つ目の単語をよく見比べてみると、t が d で置き換わっていることに気づくだろう。
Trinidad の他にも、スペイン語には -dad という語尾の名詞が数多く存在するのだが、カタルーニャ語ではこれらの語尾が -tat になっているケースが多い。
英語 | スペイン語 | カタルーニャ語 |
community | comunidad | comunitat |
university | universidad | universitat |
city | ciudad | ciutat |
また「すべて」を表すスペイン語の Todo はカタルーニャ語で Tot というそうだ。
d の音は、日本語的に言えば「濁音」だが、t の音は、濁りのない音だ。カタルーニャ語の「軽やかさ」に貢献している要因のひとつは、d の代わりに t で綴られる名詞の存在にあるのではないか。
さて、ここで文字と発音の関係を明確にしておこう。文字と発音は、1対1に対応しているわけではない。英語を例にすれば、cap の a は /æ/ だが、father の a は /ɑ́ː/ だ。逆も然りで、同じ発音を持つ文字が2つ以上ある場合もある。今回は文字のデータを利用して言語の音について考えていくため、両者の対応関係には注意が必要だ。
話を戻そう。スペイン語・カタルーニャ語の d の文字には、発音記号で /d/ と表される音のみが対応する。同様に t の文字には /t/ の音だけが対応する。/d/ の音は専門用語で「有声歯茎破裂音」と呼ばれており、発声する際に声帯が振動する音だ。それに対して /t/ の音は「無声歯茎破裂音」で、発声する際に声帯が振動しないそうだ。声帯が振動しない方が「軽やか」な音に聞こえるといえるだろう。
整理すると、
- d の文字 ⇄ /d/ の発音
- t の文字 ⇄ /t/ の発音
が成り立つ
↓
ある文章中における d と t の出現回数
= その文章を読み上げた時の /d/ と /t/ の出現回数
(等号が成立する)
よって、下記のような仮説を立てることができそうだ。
カタルーニャ語では、スペイン語に比べて d の文字が少なく t の文字が多い
⇄ カタルーニャ語では、スペイン語に比べて /d/ の発音が少なく /t/ の発音が多い
仮説2.1: 子音の語尾が多い
前回の記事で、カタルーニャ語の文章はスペイン語の文章よりも音節の数が少ないという傾向がつかめた。しかし「音節の数が少ないほど、軽やかな印象が増すように感じる」というのは、本当にそうだろうか。
1音節を発話するのにかかる時間が両言語で同じ*1だと仮定すれば「音節の数が少ないほど、短い時間で話し終わる」ことが導かれる。しかしそれは「軽やか」な印象につながるか? なぜなら「会話を聞いていて軽やかと感じる」とき、会話は無限に続いているものと仮定できるので、ある内容の話題が短い時間で話し終わったかどうかは、この感覚に影響しないはずだ。
あらためて語彙の特徴を見てみよう。tot / todo, camp / campo のように、スペイン語の単語には存在する語尾の母音が、カタルーニャ語には存在しないことがある。
そこで「カタルーニャ語は、スペイン語に比べて語尾が子音の単語が多い」という仮説を立て、語尾が子音となっている単語の割合を数えてみることにしたい。前回の記事で取り上げたバルサの応援歌の冒頭を振り返ってみよう。語尾が子音の単語を赤色で表すと、下記のようになる。
カタルーニャ語 tot el camp, és un clam, som la gent blaugrana
スペイン語 todo el campo, es un clamor, somos la gente azulgrana
仮説2.2: 開音節が多い
さらに、音韻論の規則を取り入れて、別の指標を設定してみたい。音節のうち、末尾が母音の音節は「閉音節」というそうだ。それに対して、末尾が子音の音節は「開音節」というらしい。
単語中の音節の区切りをハイフンで表し、開音節を赤色にすると、下記のようになる。
カタルーニャ語 tot el camp, és un clam, som la gent blau-gra-na
スペイン語 to-do el cam-po, es un cla-mor, so-mos la gen-te a-zul-gra-na
「カタルーニャ語はスペイン語に比べて、開音節の割合が高い」可能性は考えられないだろうか。
仮説2.3: リエゾンが多い
語尾が子音だと、次の単語と音がつながる「リエゾン*2」が起こりやすい、ということは前回の記事でも触れた。このことから「カタルーニャ語は、スペイン語に比べて、語尾が子音の単語の割合が少ない」という仮説が考えられそうだ。
母音や音節、単語の切れ目のリエゾンが影響を与えているのは確かだが、音節のうち開音節が占める割合と、語尾のうち子音語尾が占める割合、どちらの指標が「軽やかさ」の要因としてより適しているのかを判断するのは、現時点では難しい。そこで、どちらも計算してみた上で、結果を考察してみたい。
準備:データセット
ここまでで紹介した仮説を検証するには、幾つかの準備が必要だ。
まず、カタルーニャ語とスペイン語で同一の内容を記した文章を用意しなくてはならない。さらに、偏りを減らすためには、含まれている文字数がなるべく多い方がよい。
この条件を満たす文章にはどんなものがあるだろう。法律や法的文書は、言語が違えど内容は絶対に同じはずである。言語間で異なる内容が書かれていたら、とんでもない事態になりかねないからだ。また、国際条約や貿易協定といった外交文書も、かなり緻密に作られている*3と聞いたことがある。
そこで今回は、データセットとして、ひとまず
を利用することにした。
カタルーニャ自治憲章は1975年のスペインの民主化に伴って制定されたもので、カタルーニャ語の原文のほかにスペイン語などの完訳が公開されている。スペイン憲法はその名の通り国の憲法で、原文はスペイン語で書かれているが、のちにカタルーニャ語訳も制作されている。また、イベリア航空の契約条件には、航空券の払い戻しだとか欠航時の対応が書かれており、日本語版もある。
また、テキストファイルを読み込んで、
- アルファベットの出現回数を数える
- テキストファイルから音節を切り分けて、リエゾンを数える
ようなプログラムを Python で書いた。
音節に区切るには、Pyphen というハイフネーション*4ライブラリを利用している。
結果1: /d/ の音が少なく、/t/ の音が多い
まず、結果を見てみよう。
スペイン語では、dとtの割合の差がいずれも±1%以内に収まっているのに対して、カタルーニャ語ではその差が大きく、3つのテキストすべてにおいてtの割合がdの割合を上回っている。
結果2.0
まず、単純に母音の数だけをカウントして、割合を算出してみた。
いずれの場合も、カタルーニャ語の方が、母音の割合が小さいのが見て取れる。
結果2.1
次に、語尾が子音となっている単語の割合を見てみよう。
こちらも予想と一致している。カタルーニャ語の方がスペイン語に比べて、語尾が子音である単語の割合が高い。
結果2.2
次は、末尾が子音となっている音節(開音節)の割合を調べてみた。
イベリア航空の契約条件では、両者の差が10%程度あるものの、最も文字数の多いカタルーニャ自治憲章では、その差は1%以内とわずかである。有意水準5%として2言語の割合の差を検定したが、帰無仮説は棄却されなかった。
したがって、開音節の割合は、カタルーニャ語とスペイン語を特徴づける要素とは断定できない。
結果2.3
リエゾンが含まれる割合はどうだろうか。
やはり、リエゾンが起こる単語のペアはカタルーニャ語に多いようだ。
結論
/d/ と /t/ の入れ替わりに伴う音への影響は、十分に検証できたといえる。一方で音節については、音節数、開音節の割合、子音語尾の割合が、どのように関係しているのか、どの指標がもっとも適切か、精査する必要である。またリエゾンについては、カタルーニャ語におけるリエゾンがどんなものかを明らかにした上で、今後より深く調査してみたい。「軽やかさ」の定義も、リエゾンを踏まえて変更する必要があるかもしれないし、あるいは「滑らかさ」のような別な観点で捉えた方が良いのかもしれない。
参考資料
音声記号表
カタルーニャ語の響きの軽やかさ
スペイン北東部に位置し、フランスと国境を接するカタルーニャ地方では、カタルーニャ語という言語が話されている。文法や語彙はスペイン語と共通するものが多く、バルセロナではカタルーニャ語とスペイン語のバイリンガルが多いそうだ。
バルセロナを旅行中、街角で聞こえてきたカタルーニャ語は、どこか軽やかで、流れるような響きだった。スペイン語はひとつひとつの音がハッキリしている方だと思うが、カタルーニャ語はそこまでではない。
この違いはどこから来るのだろうか。そこで、まずは対象を細分化してみようということで、音節の数に着目し、カタルーニャ語とスペイン語で比較してみることにした。
ちょうど先日、初めてラ・リーガ(スペインのプロサッカーリーグ)の試合を観に行ったので、題材にはFCバルセロナの応援歌 'Cant del Barça' の歌詞を選んでみた。この曲の歌詞はもちろんカタルーニャ語だ。YouTubeで非公式のスペイン語訳を見つけたので、両者の音節の数を数えて、比較してみたい。
なお、音節の数え方にはさまざまな規則性があり、ややこしいのだが、大雑把に数えると、母音の数とおおよそ一致する。文中の母音 (a, e, i, o, u) の数を数えてもらえれば、皆さんでもおおよその音節の数がつかめるはずだ。
さらに、スペイン語の単語において、母音は 子音+母音 のペアになっていることが多いため、1単語に含まれる母音の数が多ければ、それだけ子音の数も多くなる。よって、音節のややこしい話を抜きにして、一文一文の長さだけを見比べてもよい。ほとんどの場合でスペイン語の方が長くなっているのが、視覚的に見て取れるはずだ。
また、カタルーニャ語の音節の確認にはこのツールを利用した。
それでは、さっそく見ていこう。
上の行がカタルーニャ語の歌詞、下の行がスペイン語対訳で、文末の数字は音節の数を表している。
Tot el camp, és un clam 6
Todo el campo, es un clamor 9
som la gent blaugrana 6
somos la gente azulgrana 9
tant se val d'on venim 6
no importa de donde vengamos 10
si del sud o del nord 6
si del sur o del norte 7
ara estem d'acord, ara estem d'acord 12
eso si, estamos de acuerdo, estamos de acuerdo 17
una bandera ens agermana 10
una bandera nos hermana 9
Blaugrana al vent, un crit valent 9
Azulgrana al viento, un grito valiente 13
tenim un nom, el sap tothom 8
tenemos un nombre, lo sabe todo el mundo 13
¡Barça, Barça, Baaarça! (省略)
Jugadors, seguidors 6
Jugadores, aficionados 9
tots units fem força 7
todos unidos hacemos fuerza 10
Son molt anys plens d'afanys 6
Son muchos años llenos de sacrificio 12
son molts gols que hem cridat 7
son muchos los goles que hernos gritado 12
i sha' demostrat, i s'ha demostrat 10
y se ha demostrado, se ha demostrado 13
que mai ningu no ens podrà torcer 10
que nunca nadie nos podrá doblegar 11
Blaugrana al vent, un crit valent 9
Azulgrana al viento, un grito valiente 13
tenim un nom, el sap tothom 8
tenemos un nombre, lo sabe todo el mundo 13
¡Barça, Barça, Baaarça! (省略)
さて、音節の数を合計すると、
という結果になった。
ここで、カタルーニャ語の歌詞の中から、2つほど特徴的な点を取り上げてみたい。
まず1つ目は、単語の語尾である。歌詞をよく見てみると、スペイン語単語の語尾にある母音が、カタルーニャ語にはないケースが多い。歌詞の中に登場する
といった単語は、綴りからして共通の祖先を持つ単語 (cognate) と考えられるが、スペイン語の方はどれも語尾が母音なのに対して、カタルーニャ語はその母音が欠落*2しており、子音で終わっている。音節の数が1つ少ないので、発音もワンテンポ短くなるわけだ。
加えて、語と語のつながりにも着目してみよう。語尾の子音が、次の単語の母音とつながる現象は、リエゾン (Liaison) と呼ばれ、さまざまな言語に存在する。先ほどの単語の比較とこのリエゾンを考え合わせると、スペイン語ではリエゾンが生じないフレーズでも、カタルーニャ語ではリエゾンが生じる可能性があることがわかるだろう。リエゾンも、カタルーニャ語がスペイン語に比べて軽やかな印象を与える要因のひとつだろう。
2つ目は、d'acord というフレーズだ。この部分のスペイン語対訳は de acuerdo となっている。スペイン語では2つの単語があるのに対して、カタルーニャ語はそれらがアポストロフィでつながっている。
カタルーニャ語では、前置詞 de の後ろに母音 (a, e, i, o, u) または h があると、d' のように省略されるそうだ。d' の部分には、音節は無い。言い換えれば、省略によって音節が1つ失われるということだ。スペイン語にも同じような省略規則があるのだが、de の後ろに定冠詞 el がある場合のみ、del のように省略が生じる。したがって、カタルーニャ語の方が、省略のパターンが多いことになる。
アポストロフィを用いた省略は、この他にも後半に登場する i s'ha のような別の規則もあるようで、なかなか奥が深い。
といったわけで、カタルーニャ語がスペイン語に比べて軽やかに聞こえる理由は、音節の数の少なさや、その背景にあるリエゾンや省略といったところにあるといえそうだ。