100日後にスペインに行く人

スペイン語初心者の学習記録

MacOSのコードネームとスペイン語

最近の MacOS には、コードネームにカリフォルニアの地名が付けられている。一部のファンはご存知かと思うが、Apple の精鋭マーケティング部隊*1がマイクロバスに乗ってカリフォルニアの各地を巡り、コードネームの候補となる地名を選んでいるらしい。2013年の OS X Sea Lion Mavericks が発表された時に「少なくとも今後10年間」はこのような命名規則を採用すると告知されている。

 

私が初めて MacBook を買った時は Yosemite だったな、などとこの10年を振り返ってみたところ、なんと Mavericks から最新の Ventura まで10あるコードネームのうち、7つがスペイン語由来・またはスペイン語で説明できる、という衝撃の事実に気がついた。

 

それでは、1つずつ見ていこう。

 

Mavericks

最初にして唯一の、英語由来のコードネームだ。アップルの本社から山を隔てた海沿いにある、サーフィンの名所 Mavericks Beach に由来する。大きく危険な波で世界的に有名らしく、「マーヴェリックス/波に魅せられた男たち」という映画の舞台にもなっているそうだ。

 

Yosemite

言わずと知れた大自然の観光地、ヨセミテ国立公園。「ヨセミテ」とは、ヨセミテに住んでいた先住民を指す、別の先住民の言葉だったそうだ。うーん、ややこしい。この年は Yosemite と iOS 7 で UI にフラットデザインが導入され、一気に時代が前に進んだ感じがした。

 

El Capitan

こちらは正真正銘のスペイン語である。英訳すると "The Captain" 。ヨセミテ国立公園の中にある巨大な一枚岩の名前で、先住民の言葉で「(部族の)酋長」を意味する言葉で呼ばれていたことから、スペイン語訳した El Capitan と名付けられたそうだ。MacOS(正確にはこの時まで OS X と呼ばれていたが)のEl Capitan といえば、日本語入力時のライブ変換機能の登場が印象深い。

 

Sierra

カリフォルニアからネバダ州にまたがる Sierra Nevada という山脈から名付けられたそうだ。Sierraスペイン語で「ノコギリ」のことで、そこから転じて「(ノコギリのように尖った)山・山脈」を指す。デフォルトの壁紙が、夕陽で赤く染まる美しい山々の画像だったのを記憶している方も多いだろう。

 

High Sierra

Sierra Nevada の別名が High Sierra。名前の付け方からしてマイナーアップデートだとわかる。新しいファイルシステム APFS の採用で、BootCamp が使えなくなるなんてことがあった。

 

Catalina

ロサンゼルスの沖合にある Santa Catalina Island という島から取られたそうだ。その島の名前は「聖カタリナ」というカトリックの聖人に由来するとのこと。ちなみに Catalina はスペイン語圏で一般的な女性の名前の1つで、英語では Catherine に相当する。iPad をサブモニタとして使える機能 Sidecar の登場が記憶に新しい。

 

Mojave

これはスペイン語ではなく、モハベ族という先住民が住んでいた「モハベ砂漠」に由来するそうだ。使われなくなった飛行機が大量に放置されている「飛行機の墓場」モハベ空港があることでも知られている。待望のダークモードが実装されて、時間帯に合わせて色合いが変わる砂漠の壁紙がプリセットされていた。

 

Big Sur

これはなかなかのレアケースだ。英語で "The Big South" を意味する "El Sur Grande" の Grande の部分が、英語に置き換わってできた単語だ。この地域がスペインからアメリカ合衆国に割譲された際、土地を求めて移住してきた人々が、イングランドとスペイン双方の歴史を継承するという意味を込めて、このような呼び方をするようになったそうだ。

 

Monterey

Monte ("Mount") と Rey ("King") をくっつけて Monterey。有名ホテルチェーン「ホテルモントレ」の綴りもこれだが、何か関係があるのかは不明。

 

Ventura

これはド直球、幸運という意味の単語だ。カリフォルニア州道1号線を下っていった先にある海沿いの街の名前で、 Bonaventura という13世紀の神学者の名前から名付けられたそうだ。

 

さて、いかがだっただろうか。カリフォルニアはメキシコと地続きの土地で、かつて多くのスペイン人が海を渡り、開拓した歴史がある。その痕跡は、今でも各地の地名に残されているのだ。アメリカ人にとってどこか異国情緒を感じさせるスペイン語由来のコードネームは、Apple の洗練されたブランドイメージの構築に一役買っているのかもしれない。

どういたしまして

これまで出会ったスペイン人(といっても2桁行くかどうかといった具合だが)は、私が Gracias と言うと、決まって ¡De nada! と返してくる。ビデオ通話のタイムラグの関係で、相手が話し始めていても、わざわざ話を止めて ¡De nada! と言ってくれる。例えるなら、くしゃみをした時の Bless you と同じ感覚。スルーされることはめったにない。そんな彼らをみていると、日本人って「ありがとうございます」はよく言うけれど「どういたしまして」の使用頻度は結構低い気がしてきた。

バスク国?

スペインには、日本の都道府県に相当する Provincia の上に Comunidad autónoma という地方行政区分があり、日本語訳として自治が当てられている。

 

正式名称は Comunidad autónoma de XXX で、例えば首都マドリードは Comunidad autónoma de Madrid、バルセロナは Comunidad autónoma de Cataluña にそれぞれ属している。

 

ところが、この呼称が使われていない、いわば「例外」のような地域が存在する。それは、スペイン北部に位置する「バスク州」と呼ばれる地域だ。

 

バスクという地名は、正確にはスペインとフランスの2か国にまたがるピレネー山脈一帯のエリアを指す。独自の文化や言語をもち、かつてはスペインからの独立運動が盛んだった地域だ。

スペイン北部におけるバスク州の位置
TUBS, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 

このうち、上の地図で赤色で塗られたエリアが「バスク州」である。そのスペイン語名称は、どういうわけか Comunidad autónoma de Vasco ではなく País Vasco なのだ。

 

スペイン語país は「国」を意味する単語だ。となると、本来は「バスク国」と訳すのが正しいのか?

 

Google 検索で

porque se llama país vasco(なぜバスクと呼ばれるのか)

と調べてみると、興味深いページが見つかった。

 

desdemiroble.net

 

要点を抜き出すと

  • 1979年に制定された「バスク自治憲章」の中で、バスクの正式名称として Euskadiバスク語で「バスク」の意味)または País Vasco を用いることが定められている。
  • País Vasco という表現が定着したのは20世紀以降である。
  • país に相当するフランス語の単語 pays には「国」と「地域」の2つの意味がある。
  • スペイン語país にも「地域」という意味が公的に認められており、例として vinos del país のように使われている。

といったことが書かれていた。vino del país は日本語に訳すと「地場ワイン」といったところだ。

 

今ひとつ決定打に欠ける説明なのだが、つまるところ「州」という現代スペインの行政区分が定められるよりも前に「バスク地方」の呼び名として慣習的に使われていた País Vasco という表現が、バスク自治憲章の制定を経て、公的に用いられるようになったということなのだろう。

 

 

国とか地域のような「領域」という概念は、なんというか、再帰的である。良い表現がないものかと考えていたら、とある論文の Abstract にピッタリな文章を見つけた。

A geographic space is first represented as a hierarchy of recursively defined subspaces, and all the subspaces are then topologically represented as a network for computing the degree of order of the geographic space, as well as that of its subspaces. *1

 

話を戻そう。上で取り上げたWebページの冒頭には、こんな一節がある。

... hablando con dos chicas a las que acababa de conocer, mencioné que vivía en el País Vasco, y acto seguido me acusaron de apoyar al terrorismo y ser cómplice de sus crímenes. ...... Les dije «¿Por ser vasco?», y me respondieron «No, por usar ese nombre, por defender que las Vascongadas son un país. 

(抄訳)最近知り合った女性2人に「私は País Vasco 出身です」と話すと、彼女たちは私が(バスク独立主義者の)テロリストたちを支援し、彼らに加担していると言った。「私がバスク人だからか?」と尋ねると「いいえ、País Vasco という言葉を使って、バスクが国であることを擁護したからです」と答えた。

país という単語ひとつを取って、バスクを独立国家とみなしてしまうのは、現代の人間が nation state という価値観にすっかり染まっているからだろう。主権とか国境といった概念は、言わずもがな近代文明の産物なのだ。

 

País Vasco の由来については、またの機会に「バスク自治憲章」について調べてみたい。ここの成立過程を調べれば、なぜ Comunidad autónoma de Vasco ではなく País Vasco となったのかに迫ることができる気がする。

*1:Jiang, B. and de Rijke, C., 2022. Representing geographic space as a hierarchy of recursively defined subspaces for computing the degree of order.

Obligado

数週間前になるが、スペインで屋内でのマスク着用義務が解除された。語学学校の先生の中には、さっそくマスクを外して授業する人もいれば、解除された後もマスクを着けている人もいる。また、昨日着けていたかと思えば今日は外している、といった具合に、対応は人それぞれのようだ。

 

Metro Madrid | La Mascarilla es Obligatoria

 

このポスターにも書かれているように、obligatoria とは「義務の・必須である」という意味の形容詞である。

 

似たような単語に obligar というのがあり、こちらは「義務付ける」という意味の動詞だ。過去分詞は obligado で、ネットで見つけた例文を見てみると、

Todo jugador está obligado a mantener las reglas.

選手はすべてルールを守る義務がある

 というように、estar + 過去分詞 という受動態の形で使われている。

 

ところでスペイン語で「ありがとう」は Gracias と言うが、スペインのお隣ポルトガルでは Obrigado と言う。

 

ポルトガル語の obrigado とスペイン語の obligado は、rとlで綴りが1字違うものの、どちらも同じ「義務付ける」意味の動詞なのだ。上に挙げた例文は、ポルトガル語に訳すと

Cada jogador é obrigado a manter as regras.

となるようだ。

 

そう考えると、ポルトガル語の「ありがとう」には随分と違和感がある。感謝と義務、一見すると結びつきそうにない。

 

調べてみたところ「相手にお返しをする義務を感じている」ことから、Obligado が感謝の意味を持つ言葉として使われるようになったそうだ。

 

Linguistic map Southwestern Europe-en

The original uploader was Alexandre Vigo at Galician Wikipedia., CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 

ポルトガル語スペイン語は、他の言語と比べると、かなり類似度が高い部類に入る。それでも、両者の源流を辿ると、どちらも1000年近くの歴史があるようだ。たかが挨拶、されど挨拶で、こんな違いがあるのは面白い。

お茶っこ

東北の方言では「お茶っこ」のように、名詞の後ろに「っこ」を付けて呼ぶことがある。「っこ」を付けると、どことなく柔らかい印象になる。

 

琉球語にも「グヮ」という接尾辞があり、東北方言の「っこ」に相当するような表現だ。甲子園の応援歌としても有名な「ハイサイおじさん」の歌詞にも登場する。

 

こういう表現を「指小辞」と言うらしい。デジタル大辞泉には、

ある語について、それよりもさらに小さい意、または、親愛の情を表す接尾語。英語の-letやドイツ語の-lein, -chenなどの類。

とあり、日本語のみならず他の言語にも、同様の言い回しがあるようだ。

 

例に漏れずスペイン語にも、指小辞が存在する。今日の授業で扱った文章に cochecito という単語が出てきた。これは coche (車) に指小辞 -ito を付けたものだ。他にも perro (犬) / perrito や limón (レモン) / limoncito といったように、幅広く用いられているらしい。

 

スティーブン・ピンカーは、言語は文化的な産物ではなく、人間の本能によって生み出されたものだと主張した。指小辞の根底にある「身の回りの生き物や物体に親しみを抱く」感覚が人類共通というだけかもしれないが、このような語が普遍的に存在するという事実は非常に興味深い。

ワタシハ スペインゴ チョットデキル

スペイン語の発音は、ローマ字読みでだいたい通じるのでありがたい。母音がa, e, i, o, uの5つで、日本語と同じというのが大きいのだろう。とはいえ、語学学校の先生の発音を1日5時間も聞いていると、ちょっとした発音の特徴に気づくものだ。

それは ci や ce を、英語の th のように発音する*1ことだ。例えば Gracias (ありがとう) や cerveza (ビール)、concenciación (意識) といった単語で、cのところで少し舌を噛む。ただそれだけだ。実際にやってみると案外簡単にできるので、ちょっとだけスペイン語がうまくなったような気分になった。

ワタシハ スペインゴ チョットデキル (大嘘)

*1:スペインのスペイン語特有の現象で、ラテンアメリカでは見られないとのこと。

アメリカ人

中学1年生の英語の授業で「アメリカ人」は American だと習った記憶がある。ところが実際にアメリカ人と会って話すと、彼らは I'm American とは言わず、I'm from California のように州の名前を出す人が多い。こんなところに彼らの帰属意識が垣間見えるのかな、と思ったりする。

ところで、スペイン語で United States は Estados Unidos という。そして「アメリカ人」は Estadounidense というのだ。

どうしてこんなまどろっこしい表現を使うのかというと、スペイン語では Americano という単語が「北米や中南米の人びと」を指すからだ。メキシコ人も Americano だし、ブラジル人も Americano だ。そこで「アメリカ合衆国の人びと」の区別をはっきりさせるために Estadounidense という呼称が生み出されたらしい。

アメリカ合衆国が建国されたのは1776年。その当時スペインは、南アメリカ大陸カリブ海の島々の大半を手中に収めていた。イベリア半島から見た「アメリカ」は、日本人の捉え方以上に、時間的にも空間的にも広がりを持っているのだろう。

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